主観客観

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気遣いのある一年に

2011年1月11日

 職場で同僚が仕事を終えて帰るときなどに「お疲れさま」と声をかけることはよく見かける場面である。新入社員に対してはビジネス・マナーの基本として教えられる。しかし、この「お疲れさま」とは不思議な言葉だ。他人の疲労に対して“お”を付けて丁寧語とし、さらに“さま”まで付け加えて丁寧語を強調する。

 私の尊敬する先生の一人が、数年間に渡るアメリカでの研究生活を終えて日本に帰国してからのこと。日本で仕事からの帰り際に聞き慣れない「お疲れさま」という言葉をかけられ、非常に困惑したという。その先生は、「疲れるほど仕事をしていないことを見透かして、皮肉を言っているのだろうか」、「自分はこんなに疲れているのに、あなたはもう帰るのかとアピールしているのだろうか」、それとも「はた目には疲れているように見えるほど眼の下に隈ができているのだろうか」などと、その言葉の意味を逡巡したらしい。1990年代半ばのことである。

 「お疲れさま」という言葉が、ビジネスの場の挨拶として全国的に定着したのは1990年代前半頃だといわれている。ちなみに、広辞苑に「相手の労をねぎらう意の挨拶語」として「お疲れさま」という項目が登場するのは1998年の第5版が最初であり、第4版以前には独立した項目はない。この頃は、がむしゃらに働けば結果の出ていたバブル経済が崩壊した後であり、どれほど努力して働いても、なかなか結果が伴わないという疲労感が漂い始めた時期である。もしかすると、きっと相手は疲れているのだろうという気持ちが込められていたのかもしれない。あるいは、自身の疲労を相手にも共有して欲しいという感覚があったのかもしれない。

 2010年はさまざまな事件や事故、不祥事などがあったが、他者への気遣いがあれば防げたものも多かったのではないかと思う。挨拶として「お疲れさま」という言葉を使う国である。2011年は他者を思い、気遣いのできる一年となることを願う。

(なんとか王子)


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