幹細胞による再生医療

2011年12月05日

生物が持つ細胞の大半はある決められた役割や機能のもとに働くことが決まっており、いきなり違う部位に移植したとしてもそこでは能力を発揮できない。しかし、異なる機能を持つ細胞に分化できる細胞がある。幹細胞と呼ばれるその細胞は疾患を持つ部位に移植すれば、体内のあらゆる器官に分化できるとされ、幹細胞による再生医療への視線は熱い。
幹細胞で代表的なのはヒトES細胞だ。受精卵が初期胚の段階で作成することができる。京都大学の山中教授らによって生み出されたiPS細胞という幹細胞もある。また、骨髄から採取される造血幹細胞など分化がある程度限定されている幹細胞もある。
しかし、受精卵を材料にするという倫理的な問題や細胞がガン化してしまうこと、摘出による身体的負担などそれぞれが持つ課題は大きく、日常的な医療行為とするにはまだ時間を要する。


そのようななかで、名古屋大学の上田教授が歯髄幹細胞により、脊髄損傷によって下肢の運動機能を失ったラットの神経細胞の再生に成功したという報告を12月1日、アメリカの医学誌に発表した。ガン化も見られなかったという。


歯髄幹細胞は、歯髄にある細胞から抽出できるものであり、歯科再生医療において、高い実用性から注目を浴びている。乳歯などの生え替わり時にも採取できるため、他の幹細胞に比べて抽出における身体への負担は少ない。また、倫理的な障害も低い。これまで、神経細胞再生効果を持つ、生体幹細胞(人体に存在する幹細胞)は発見されていなかったが、歯髄幹細胞が再生歯科医療だけでなく、神経再生能力を発揮することが明らかとなったことで、非常に希望ある発表であった。いまだ臨床実験には至っていないが、前臨床研究としてサルへの脊髄損傷治療実験が行われる予定だ。


一方で、11月15日にはヒトES細胞の世界初の臨床実験を行っていたアメリカのジェロン社が実験行為から撤退すると発表した。連邦政府の助成はあったものの、企業が研究支援して行くにはコストと時間がかかりすぎるというのが主因のようだ。本来ならば、人類の発展のための開発に対する支援は国家が率先して支援して欲しいが、現状は、限られた国費の研究援助を受けた企業や大学などが経費と戦いながら行っている。


幹細胞による再生医療には技術的課題のほかにも、金銭面、倫理面、宗教面などの課題も多く、技術者のみで完結できる問題ではない。仮に幹細胞による治療が日常的に行われるようになったとして、対象となる患者は8割が高齢者であるという調査もある。私にはあらゆる疾患を取り除き、平均寿命を人為的に限界まで永らえさせることが、私たち人類の幸せなのかどうかは解らない。ただ、歯髄幹細胞など、課題が小さいものから再生医療の道を開いていけば、おのずとあるべき姿、限界点がみえるのではないだろうか。単純に苦しむ人を少しでも減らせる技術に対して、支援を躊躇することは避けたいと感じる。

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