東京五輪から宝くじを考える

5月27日、五輪・パラリンピック特別措置法が成立した。政府は特措法の成立を受けて、首相を本部長として全閣僚で構成する推進本部を設置するほか、大会の準備や円滑な運営に向けた基本方針を定める予定という。


一方、新国立競技場の上昇する建設費用を巡って、国と東京都の間で調整が続いているが、費用負担のうち500億円程度を期待されているのがスポーツ振興くじ(サッカーくじ、通称toto)である。いま、その新たなくじ対象としてプロ野球を軸に検討が進んでいる。


プロ野球ではかつて野球賭博との関わりで選手が八百長行為をしたとされる「黒い霧事件」の反省から、球界にはくじの対象となることに抵抗があるという。そのため、八百長防止のため、コンピューターが無作為に勝敗を選ぶ「非予想系くじ」を中心に議論されている。


日本のくじも最高当選額が何億円に上るものも増え、建設費用の捻出にとどまらず、当選者の人生をも左右するケースも増えている。最近の経済学の研究では、宝くじに当選した人は消費行動だけでなく、幸福度やメンタルヘルス、寿命にも影響があることが明らかになっている。ハーバード大学(米国)のインベンス教授らの研究によると、高額当選者は当選すると勤労意欲を減らし、仕事をしない確率を高める。その程度は、宝くじの1年当たり当選額の11%の勤労所得を減らすほどという。また、消費行動も変化し、当選から10年ほど経ったところで受け取り金額の16%を貯蓄し、車には1%、住宅には4%程度を使っている。


また、ウォーリック大学(英国)のオズワルド教授らによると、当選から2年程度経過した段階で当選者のストレスは軽減し、くじに17万円以上当選するとメンタルヘルスも改善するという結果だった。さらに、ストックホルム大学(スウェーデン)のリンダール助教授の研究結果でも、高額の宝くじに当選すればするほど、メンタルヘルスが良くなり、肥満が減り、5年後10年後の死亡率が低下することが示された。


宝くじに当選すると、労働供給行動、消費行動、幸福度や健康までも変わる。政治的には、シンガポール南洋理工大学のポータヴィー助教授らの英国のデータを使った研究によると、8万円程度の当選額であっても、宝くじの当選者は現状の資産分配が公正に行われていると考える割合が高まり、保守党を支持する程度が高まるという。つまり、所得再分配に対して否定的になり、保守的な政治思想を持つようになる。


宝くじ当選という努力とは無関係の要因で所得や資産が増えたとき、人間の行動や考え方は変わる。これらは、政治的な費用捻出の手段だけでなく、人びとの経済活動や人生について多くのことを示唆する研究結果であろう。

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