有事の円買い

「有事の円買い」と言われて久しい。かつては「有事」となればドル買いがセオリーだったが、近年では円を買う動きが定番化したかのようだ。


例えば、世界的ショックが起こった時に円買いが進んだケースとして、1)リーマン・ショック(2008年9月)、2)欧州債務危機(2010年)、3)東日本大震災(2011年3月)、4)英国民投票によるEU離脱(2016年6月)などがある。また、5)米によるシリア空爆(2017年4月)においても、円相場は1ドル110円台から108円台まで上昇、円高が進んだ。


なぜ「有事」に円が買われるのだろうか。
もともと、外国為替レートは、中長期的には実質金利差や貨幣量比率など国際マクロ経済理論(国際金融論)を用いることである程度予測できる場合もある。しかし、短期的な動きでは、ほとんどランダム・ウォークになっており、予測することは不可能に近い。


あえて、上記のショック時における円高を説明するならば、1)と2)は理論通りの動きだといえよう。リーマン・ショックが起こった時、米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行(BOE)などでは、貨幣供給を急激に増加させた一方、日本はゆっくりとした増加にとどまったことで、円は他国通貨と比較して相対的に希少性が高まり、急速に円高が進むこととなった。つまり、国際マクロ経済学におけるマネタリーアプローチで説明可能である。


3)についても、国際マクロ経済学の理論で説明できる。通常、大規模な自然災害後は大規模な復興予算が投入される。その結果、同時に大規模な金融緩和政策が実施されなければ、日本の金利が大きく上昇すると予想される。そのため、国内外の金利差において海外の予想金利より日本の予想金利が高くなると見込まれる結果、金利平価説に従って円高が進行することになる。いわゆる、マンデル・フレミング効果と呼ばれるもので、この現象は、1995年の阪神・淡路大震災でも確認されている。


4)と5)は少し様相が異なり、日本円の強み、つまり世界で最も多い対外純資産を背景とした「安全資産」という評価がもたらした結果ではないだろうか。経常収支はフロー面でみた為替レート決定理論のひとつ"国際収支説"であるが、長年にわたる経常収支黒字を蓄積したストック面により、円高をもたらしたと推測できよう。


ここのところ緊迫度を増している北朝鮮有事においても、為替レートは同様の動きを示す可能性がある。しかし、朝鮮半島有事が直接「日本の有事」になれば、「有事の円買い」はあっという間に消えてしまうかもしれない。

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