経済学を武器にしない日本

近年、米国や中国、韓国などの企業が経済学に基づく分析を武器として攻勢をかけている。日本国内における競争だけでなく、海外に進出した日本の企業がこうした攻勢に直面する機会も増えている。


最も典型的なケースとしては、異なる事業分野や国・地域に進出する際に必要となる当該市場に関する分析があろう。


具体的には、市場規模はもとより、市場における競争環境・条件や規制なども重要な分析対象となる。そのうえで、費用便益分析を行い、さらに適切な価格設定や人員配置など、多岐にわたる企業の事業活動に直結する分野で科学的な計量経済分析を行うことである。


もう一つの典型的なケースは、規制当局と企業の折衝時がある。例えば、競争法上の審査過程などにおいて規制当局と企業の見方が分かれた際、当局側に立つエコノミストと企業側に立つエコノミストが、経済学を用いた定量的な経済分析の結果を基に、企業がもたらしたメリット・デメリットや課徴金にかかる金額などを主張する。いわば、裁判において検察官と弁護士がそれぞれ事実関係や量刑を主張するのと同様である。


企業側から、こうした科学的な計量経済分析による主張が行われなければ、事実関係の有無のみが焦点となり、規制当局の提示する金額について交渉する余地が少なくなり、受け入れるか否かの選択に限定される可能性が出てくる。


日本で競争政策を所管するのは公正取引委員会である。独占禁止法(競争法)に基づく規制は、経済学上の理論をその根拠の1つとしており、法と経済学が非常に近い領域である。かつては、同法の運用において法律家が中心となり金額等も定められてきた。しかし、近年の公取委には、委員の一人としてエコノミストが4代続けて就任しており、なかでも直近の3名はこうした分野の中心となる産業組織論を専門としている。このように、日本の競争政策においても、現在では計量経済分析に基づいて運用される方向に変化しているのである。


先日、日本で最大規模の日本経済学会に参加したところ、経済学の実務利用をテーマにした議論が一段と活発化しているように感じた。背景には、この分野で日本企業による活用が大きく出遅れているという危機感がある。


経済学は、多くの国・地域でビジネス上の共通言語となっている。海外市場に進出する中小企業が増加するなか、経営支援を行う各種機関は、定性的な情報提供に加えて、こうした市場の競争環境の変化を踏まえた科学的な計量経済分析の実行支援も同時に行う必要があるのではないだろうか。

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