"暑さ指数"でみるマラソン・競歩の会場変更

11月1日、東京五輪におけるマラソンと競歩の会場が東京から札幌に変更された。東京都民の一人としてはたいへん残念に感じる半面、仕方のないことだとも思う。2013年9月に2020年夏季五輪の開催都市が東京に決定してから6年、日本側からIOC(国際オリンピック委員会)が納得できる暑さ対策を提示できなかったということだろう。


今回の会場変更のきっかけは、9月~10月にドーハで行われた世界陸上である。この大会で、女子マラソンは深夜のスタートだったにもかかわらず4割超の選手が途中棄権したことなどに、IOCや世界陸連が危機感を抱いたからだという。
東京の8月の暑さは当初から懸念されており、東京都などもさまざまな対策を講じてはいた。しかし、これまでに提示された暑さ対策は、日本の伝統文化や技術力に偏りすぎていたのではないだろうか。IOCが求めていたのは、選手が健康的で安全に競技を実施できることであったはずである。


本来、最も効果的な提示方法は、酷暑の中でもマラソン大会が滞りなく行えると実証することである。その意味で、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)は、東京五輪のテスト大会も兼ねて本番とほぼ同じコースを走っており、強力な実証機会となり得たはずだ。しかし、開催日が2019年9月15日で、暑さ対策の参考にしづらいものとなってしまった。そのため、日本の暑さ対策は効果検証も含めIOCへの訴求力が弱かったのかもしれない。


気になるのは、メディアなどが札幌への会場変更を報道するなかで、気温を非常に重視していることである。本来であればここは国際的な"暑さ指数"であるWBGT(湿球黒球温度)で考えるべきではないだろうか。
WBGTとは、湿球温度(湿度)、黒球温度(輻射熱)と乾球温度(気温)の3項目からなり、以下の式で算出される(屋外で日射のある場合)。


WBGT=0.7×湿度+0.2×輻射熱+0.1×気温


つまり、暑さを測る尺度として、気温は1割を占める程度であり、7割は湿度なのである。そこで、WBGTの実測値が得られる2014年以降をみると、男女マラソンが予定されている8月2日と9日について、スタートの予定時間である午前6時時点で、札幌はほぼ安全とされる21度未満に収まっている。しかし、東京はすでに死亡事故が発生する可能性があり、さらにその危険性が増すとされる25度を上回る年がたびたびあったのだ。


五輪に出場する選手たちは暑さ対策を練ってくるかもしれない。しかし、やはり応援者としては、より良い環境の中で素晴らしいパフォーマンスを発揮してほしい。札幌への変更は費用や日程、宿泊施設など課題が山積しているが、良い解決策を見出し、東京五輪が成功裏に終わることを望むばかりである。

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