ソーシャル・ディスタンシングの大切さ

世界的大流行を引き起こしている新型コロナウイルスは、ワクチンや治療薬が無いこともあり、いつ収束を迎えるか不透明である。当初はインフルエンザのように暖かい季節になれば収束すると期待されていたが、そういった根拠は無いのが現状である。その裏付けともいえる研究[1]では中国の224地域の新型コロナウイルス感染事例と平均気温の関係が分析された結果、気温と感染率の関係は見つけられなかった。無論、これは一国のみのデータを使用するといった限界はあるが、いずれにせよウイルスが勝手に消えていくのを期待するよりも、感染拡大防止にどんどん力を注ぐべきである。


そこで現在、さまざまな国で「ソーシャル・ディスタンシング」(社会的距離戦略)が実施されている。この対策によって感染拡大の抑制が期待されている一方で、各国経済は多大な影響を受けている。日本において、ソーシャル・ディスタンシングを図るために政府が4月7日に緊急事態宣言を発出したが、関西大学宮本勝浩名誉教授の推定によれば、この緊急事態宣言による日本全体の経済的減少額は今後2年間で約63兆円にのぼると試算されており、リーマン・ショック時の約1.5倍にもなる計算である[2]。しかし、緊急事態宣言は人々の健康・生命を守り、医療崩壊を防ぐために必要であると宮本名誉教授が述べている。果たしてこういった「ソーシャル・ディスタンシング」はどれほど効果があるのであろうか。


それに答えを導き出そうとする研究が、ここ数カ月多数出ている。日本では、厚生労働省のクラスター対策班の専門家が4月15日、不要不急の外出自粛などの行動制限を感染拡大前からまったく取らなかった場合、国内では重篤患者が約85万人に上り、その49%が死亡するとの予測を公表した。


海外の研究[3]では、ヨーロッパ地域11カ国のデータを分析した結果、感染者の隔離、学校の休校、イベントなどの開催禁止、およびロックダウン(都市封鎖)が3月末までに実施されれば、その時点で5万9千人の命が救われると推定されていた。また、シカゴ大学の経済学者らの試算によると、米国で3月末時点から感染者および濃厚接触者の隔離、高齢者や重症化するリスクのある人のソーシャル・ディスタンシングを3〜4カ月間実施すれば、10月までには170万人もの人が死から逃れるという[4]。そこで、その救える可能性のある命を金額に換算すると、8兆ドル(約860兆円)にもなることも明らかとなり、「適度な」ソーシャル・ディスタンシングだけでも効果が十分に大きい。


パンデミックが世界を襲っている現状では経済への影響は避けられないが、感染拡大を抑えながら、経済へのダメージを最小限にするためには一人一人の行動が大切である。各人がソーシャル・ ディスタンシングに心がけるとともに、それをサポートする政府のあらゆる政策に期待したい。


[1] Ye Yao, Jinhua Pan, Zhixi Liu, Xia Meng, Weidong Wang, Haidong Kan, Weibing Wang, "No Association of COVID-19 transmission with temperature or UV radiation in Chinese cities", European Respiratory Journal, 2020

[2] 関西大学プレスリリース、「宮本勝浩名誉教授が試算。緊急事態宣言による経済的減少額」、2020年4月8日

[3] Flaxman et al., "Estimating the number of infections and the impact of non-pharmaceutical interventions on COVID-19 in 11 European countries", Imperial College London, 2020

[4] Michael Greenstone and Vishan Nigam, "Does Social Distancing Matter?", University of Chicago, Becker Friedman Institute for Economics Working Paper No.2020-26, 2020

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