家計消費の経済分析(3)

高齢夫婦無職世帯の2020年家計消費、2017年より2兆円減少
~「老後2,000万円不足」問題は3年で「老後55万円不足」問題へ~

いまから2年前の2019年6月、金融庁が公表した報告書をきっかけとして「老後2,000万円不足」問題が大きな話題となった。日本の総人口に占める65歳以上の割合が28%を超えるなか、個人消費全体における高齢者の消費規模は非常に大きく、高齢世代に対する取り組みが個人消費を左右することになる。本レポートでは、「老後2,000万円不足」問題のその後を抑えつつ、新型コロナショック下における高齢夫婦無職世帯の家計消費支出について焦点を当て分析した。


  1. 「老後2,000万円不足」問題から「老後55万円不足」問題へ
  2. 老後2,000万円不足という金額の根拠は、総務省「家計調査」に記載の「高齢夫婦無職世帯[1]」の家計収支がベースとなっている。2017年の毎月の実収入額と実支出額を比較し、その差額を30年間分に引き延ばして計算したものであった。金融庁の報告書では、毎月5万4,519円の"赤字[2]"となっていることから、老後は金融資産から「30年で約2,000万円の取り崩しが必要になる」と記述されていた。

    そこで、直近2020年の不足額を当時と同様の方法で計算した結果が表1である。これによると、2020年は実収入額25万7,763円に対して実支出額は25万9,304円であり、毎月1,541円の"赤字"、30年間では55万円の不足となっている。ただし、2020年は多くの特殊事情を考慮する必要がある。実収入では、すべての国民を対象とした特別定額給付金の支給が影響した。また、実支出では、直接税などの非消費支出が増加した一方、消費支出は前年比で5.3%減少している。特に、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため外出自粛が要請されたなかで、外食費(4,203円、同36.6%減)や宿泊料(636円、同54.3%減)、パック旅行費(1,248円、同69.1%減)などは、家計支出を減少させる要因となった(図1)。こうしたことが高齢夫婦無職世帯の家計収支に大きく影響したと言えよう。


    【表1 高齢夫婦無職世帯の実収入・実支出・貯蓄現在高】
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    【図1 高齢夫婦無職世帯の家計支出額~外食・宿泊料・パック旅行費~】
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  3. 2020年の家計消費支出、高齢夫婦無職世帯で2017年より約2兆1,700億円押し下げ
  4. 高齢夫婦無職世帯の貯蓄現在高はおおむね2,400万円前後で推移している(表1)。こうしたことを踏まえると、本来、この結果は次のように解釈すべきであろう。「2017年において、平均2,484万円の貯蓄があり、年金等で毎月21万円の収入がある高齢夫婦無職世帯は、貯蓄から毎月5.5万円を取り崩しながら生活をしていた。このペースで30年間暮らしていくと、取り崩す貯蓄額は約1,963万円になる」ということである[3]。

    他方、2018年の家計収支のペースだと、貯蓄額2,344万円に対して、30年間で取り崩す額は1,507万円となる。さらに2019年はそれぞれ2,317万円、1,198万円、2020年は2,336万円、55万円である。この貯蓄額と取り崩し額の差は30年後に残る貯蓄額ということになる。


    2014年や2015年はこの差があまりなく、30年間で貯蓄を使い切る家計収支であった。それに対して、2016年や2017年は30年後に約500万円、2018年は約800万円、2019年は約1,100万円、2020年は約2,300万円が残る計算になる。


    この差額が生じる要因はさまざまあるが、差が大きいほど一国全体の家計消費支出を下押しすることにつながる。そこで、これらの数値を用いて簡単な試算を行ったところ、2017年と比べて高齢夫婦無職世帯だけで家計消費支出が2019年に約7,400億円、2020年に約2兆1,700億円押し下げられていたことが分かった(図2)。


    【図2 高齢夫婦無職世帯の家計消費支出差額(対2017年比)】
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  5. まとめ
  6. 人生100年時代を踏まえて、65歳から30年を超えて長生きするリスクに備えることは重要である。しかし、「老後2,000万円不足」問題は、数字が独り歩きすることの怖さを示すものであった。老後のライフスタイルは自らの資産と収入に合わせて、決めていくことが大切である。そのための準備は、現役時代から始めていくことが肝要と言えよう。

[1] 高齢夫婦無職世帯は、夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみからなる無職の世帯のこと。
[2] ただし、家計調査の平均収入と平均支出の差額に「不足」という意味があるわけではない。
[3] この期間に貯蓄から得られる利子所得などは計算に含めていない。
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